寫在日文筆試之後
今天(1月14日)終於完成了日文筆試!接下來只剩口試(當然還有寫不盡、理還亂的papers...)。說回今天的考試,有些題目真的挺難,我沒 有甚麼把握拿到好成績。不過,有些題目很有趣,我也嘗試把課堂內外所學到的運用出來,雖然未知結果如何,但很享受過程!其實,到了這個求學階段,成績已經 不太重要。試想想,小學時為中學努力、中學時為大學更加努力、如果想入讀研究院,但大學更不能hea。但人生苦短,如果成世人只為了別人定下的標準而活, 或只按那些所謂標準來決定自己的價值,那的確挺可悲。
冬假回港時,與以前的老師聊天。被問及以往的考試經驗,通常在壓力大還是在沒有太大壓力的情況下表現比較好。我從沒有很認真思考這問題,但這樣一說,好像是後者的結果較好。或許,是因為少了些不必要的壓力,也少了些思考的框框、可以更靈活運用所學吧。
還記得幾年前,有過「求學不是求分數」的口號。但在現行教育制度與社會要求下,這對中、小學生來說,似乎不太實際吧。我也不是說,因為不用理會分數標準所
以不需努力也可。求學的確要花上時間與心機。但是,隨著不同的人生階段,求學的目的也會不同吧。而且,雖然看似瘋狂,但如果為了追求新的學問而在功課或考
試中犯了可接受的錯,那也是不錯的學習。始終相信,求學所學的不只是知識、還有對不同事物的理解與觀點、對人生的省察與反思等等。世界可以真細小,但另方
面,世界不也可以很寬廣嗎?
書く試験の後の思い
今日(1月14日)、日本語の書く試験が終わった!後は口頭試験だけある(もちろん、レポートもまだ二つある。。。)。書く試験で、一部の質問は難しかっ たので、いい成績が取られないと思うけれど、様々な質問を楽しんだ!そして、授業で、授業以外学んだことを使ってみて、面白かった!結構クレージーみたい だけど、この段階に来て、成績や点があまり大切じゃないと感じている。なぜなら、25歳でも、まだ成績指向だったら、結構かわいそうなんじゃないかと思う から だ。ずっと前から、皆も、いい中学校に入れるように、小学生の時頑張らなければいけないし、有名な大学に行くべく、中学校の時、間違えるのがだめで、いつ ももっといい成績を追求させられたんじゃないだろうか?大学院を申し込みたい人は、言うまでもない、大学の間、すごいGPAを取らなくてはならない。人生 は短いので、もし、全部の時間や段階は他の人がセットした標準にしか従わなかったら、その標準しかによって、自分がダメな人か能力がある人かと決めなかっ たら、本当に残念だろうか?
冬休みに香港に帰った後で、私の中学校に先生たちに会いに行った。私の恩師と話している時、一人の後輩は私たちに接近して、私は「この学生は成績がいいけ ど、試験にストレスがありすぎるようだから、ちょっとアドバイスをくれない?」って先生に聞かれた。実は、今の私は前より、よくのびのびとしていて、 ちょっとのんびりしすぎるので、そんなトピックにアドバイスできる人じゃないけれど、自分の経験が他の人に役に立ったらいいことだと思う。
そして、私は先生に「クリスさんの自分の経験で、ストレスがある場合とストレスがあまりない場合とどちらの方がいい成績を取れた?」って聞かれた。実は、 私にはストレスがあまりない時の方が、いい成績を取れた。どうしてかあまり分からないけど、多分ストレスがあまりない場合は、一部の考え方の制限がなく なって、自分の学んだことを考えて使うことがもっと柔軟になり得るかもしれない。
香港は数年前に「勉強は成績のためではありません」という教育の標語があった。とは言え、教育の制度下、社会の要求下、そのモットーは小学生や中学生に結 構無理なんじゃないかと思う。そして、のびのびとするって言ったけれど、勉強はやっぱり頑張るべきだ。だけど、頑張る理由は人生の段階によって、違うよう だ。そして、新しいことを楽しく学べるように間違えても大丈夫だ。とにかく、勉学は知識ばかりでなく、様々なことへの視点や観点とか、他の人への理解と か、自分の人生の省察や反省などのことも学べると信じている!どうせ、世界は広いんじゃないだろうか?
書く試験の後の思い
今日(1月14日)、日本語の書く試験が終わった!後は口頭試験だけある(もちろん、レポートもまだ二つある。。。)。書く試験で、一部の質問は難しかっ たので、いい成績が取られないと思うけれど、様々な質問を楽しんだ!そして、授業で、授業以外学んだことを使ってみて、面白かった!結構クレージーみたい だけど、この段階に来て、成績や点があまり大切じゃないと感じている。なぜなら、25歳でも、まだ成績指向だったら、結構かわいそうなんじゃないかと思う から だ。ずっと前から、皆も、いい中学校に入れるように、小学生の時頑張らなければいけないし、有名な大学に行くべく、中学校の時、間違えるのがだめで、いつ ももっといい成績を追求させられたんじゃないだろうか?大学院を申し込みたい人は、言うまでもない、大学の間、すごいGPAを取らなくてはならない。人生 は短いので、もし、全部の時間や段階は他の人がセットした標準にしか従わなかったら、その標準しかによって、自分がダメな人か能力がある人かと決めなかっ たら、本当に残念だろうか?
冬休みに香港に帰った後で、私の中学校に先生たちに会いに行った。私の恩師と話している時、一人の後輩は私たちに接近して、私は「この学生は成績がいいけ ど、試験にストレスがありすぎるようだから、ちょっとアドバイスをくれない?」って先生に聞かれた。実は、今の私は前より、よくのびのびとしていて、 ちょっとのんびりしすぎるので、そんなトピックにアドバイスできる人じゃないけれど、自分の経験が他の人に役に立ったらいいことだと思う。
そして、私は先生に「クリスさんの自分の経験で、ストレスがある場合とストレスがあまりない場合とどちらの方がいい成績を取れた?」って聞かれた。実は、 私にはストレスがあまりない時の方が、いい成績を取れた。どうしてかあまり分からないけど、多分ストレスがあまりない場合は、一部の考え方の制限がなく なって、自分の学んだことを考えて使うことがもっと柔軟になり得るかもしれない。
香港は数年前に「勉強は成績のためではありません」という教育の標語があった。とは言え、教育の制度下、社会の要求下、そのモットーは小学生や中学生に結 構無理なんじゃないかと思う。そして、のびのびとするって言ったけれど、勉強はやっぱり頑張るべきだ。だけど、頑張る理由は人生の段階によって、違うよう だ。そして、新しいことを楽しく学べるように間違えても大丈夫だ。とにかく、勉学は知識ばかりでなく、様々なことへの視点や観点とか、他の人への理解と か、自分の人生の省察や反省などのことも学べると信じている!どうせ、世界は広いんじゃないだろうか?

ストレスがどのくらい学びに影響を与えるかは個人差があって難しい問題ですね。ストレスが全然なくても困りますし、ありすぎると大変です。でも、Lはブログを効果的に使っていてどんどん学んでいてくれて本当に嬉しいです。これからもがんばってください!
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