Tuesday, September 29, 2015

一番大切なのは(だいたい訂正した)

アメリカから香港に帰るたびに、必ず中学校の恩師のC先生に会うことにしている。今年の夏休みも同じだ。

いかに長い間会えなくても、C先生はいつも私の留学経験を聞きたそうだ。 冒険のような留学生活や、来年の1月にある大きな試験に抱いている心配などの複雑な気持ちについて話すと、先生は私が知らないことを教えてくれた。

「試験へのストレスといえば、あることを思い出したよ。でも、お母さんに内緒してね。」と、先生はクスクス笑いながら言った。

「実はあなたが大学の入学受験を受ける前に、お母さんが私に電話してこられたんたよ!」と先生が言った。「へぇーどうして?!」と私は驚いて聞いた。C先生は私の高校の時の担任だったが、先生からこのことを聞いたことが全然なかった。

「クリスが大学の歴史学部に非常に入りたいので、受験にストレスをたくさん持っているようで、大学に入らなければいけないような気持ちも持っているみたいです。実はクリスがあまり無理しないでほしいです。私にとって勉強を精一杯した限り、大学に入れても、入れなくても、本当に大丈夫です。私には一番大切なのは、クリスが元気にして、幸せに生きていることです。クリスのストレスを減らせるように、先生、うちの子とちょっと話して下さいませんかって、お母さんは私におっしゃったよ。」と先生は教えてくれた。

それを聞いて、私はまずびっくりして、それで、言葉で表せないほど感動した。

最近、1月の大きな試験の準備のため、試験官でもある教授に会って、読み物のリストについて話し合いつつ、試験の大変さをどんどん感じて、本当に合格できるかどうかが分からなくて、ストレスも溜まってきてしまった。けれども、母さんの話を思い出すと、気がだんだん楽になった。それと共に、いもうとが書いてくれたことも思い出した。「あなたがその試験に合格できるようができまいが、私にとってまだ最高のおねえさんだよ!」と。確かに、私たちを愛してくれる人が私たちを見る視点は、私たちが自分の存在意義を決める視点と、結構違うようだ。ちなみに、家族とは私たちの達成することのいかんにに関わらず、そのままの私たちを大切にしてくれる人だと言えるだろう。

私たちは、自分自身のために、人生の中で色々な追いかける夢を持つべきだし、出世したくていつも必死に頑張っているかもしれないが、面白いことに私たちを一番大切に思っていてくれる人にとって、一番大事なのは、他でもなく、ただ私たちの幸せなのだ。また、幸せとは、給料や仕事の達成次第の代わりに、単に私たちが嬉しいと感じるか、人生を楽しんでるかによるわけだ。

この有名な学校で、皆も毎日のように忙しくて、ご飯を食べることでも余計な事だと思うぐらい大変で、しなければいけないことが次から次へと出てきちゃう。他の人がどうか分からないけれど、私は時々自分が蟻や蜂みたいで、毎日寮から図書館や教室に戻って、ご飯の時間になると食事のところに行ってきて、ほとんど毎日本当の人間の代わりに本としか交流しないって感じてしまった。それに、ルーチンのせいからか、生活を細かく感じる能力が少しつずなくなってしまったような気がする。とはいえ、家族や友達からもらった支えや励ましを思い出して、心が暖かくなって、感情を感じられるように一歩一歩戻ってきたような気がする。同時に、いかに忙しくても、生活の経験や思いを書き続けたいと思う。なぜなら、書くたびに、自分が蟻や蜂じゃなくて、本当の人間だと強く感じるからだ。こういうわけで、日本語を勉強することができて、きわめてありがたい。

とにかく、人生は自分がしたいことや、情熱を持っていることについて考えるべきなんだけれども、もし自分のためだけで生きていると、がっかりした時、「もう、嫌だ。自分がどうなっても気にしたくない」と思ってしまった場合もあるんじゃないだろう。特にこういう時、周りの大切な人を思い出せば、元気を出して、ちゃんと生きていて、なるべく自分がほしい将来へ進めるようになるんじゃないだろうか。

将来、どんな人になりたいかがまだあまり分からないけれど、心が冷たい人に全然なりたくないと決めた。


クリス ラウ
2015年9月28日に書いた
2015年9月29日にLang-8の方のおかげでだいたい訂正した

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