「いいなあ、あなたは夏休みにPIIに行ってきたんだね!じゃあ、PIIで毎朝の授業が終わってから、クラスメートや友達と金沢のどこかに遊びに行ってたの?」とヨーロッパから来た留学生の友達は私に聞いた。
「ううん。だいたいいつも一人で博物館や浅野川とか好きなところを訪れたよ」私はPIIのことをちょっと振り返って答えた。
「へぇー本当?どうして?」と友達は私の答えが信じられないと思ったようだ。けれども、彼女はいつも色々な質問をして、話題がすぐ変わってしまうことがある。
「ところで、この2年間にプリンストンに留学してきたあなたにとって、香港の友達と、ここの友達とどっちが親しいの?」とまた私にの質問だ。
「そうだね。確かに、今プリンストンにいるから、もし何か悲しいことがあったら、はじめにここの友達に話しがちだけど、一番深い繋がりと言えばやっぱり香港の親友かな」と本音を話した。
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先週の土曜日に香港からプリンストンに戻ったのは学校に戻ったという意味だけじゃなくて、現実に戻ったという意味でもある。夏休みに、二か月間、金沢に住んでいるホストファミリーに泊まらせてもらったり、おもてなしお世話をしてもらったり、毎日おいしいご飯を作ってもらったりした。後の一ヶ月、いうまでもなく、せっかく香港に帰ったから、家族は色々なことをしてくれて、私は何もしなくても全然大丈夫だった。
だが、今の現実は、一人暮らしに戻って、お買い物も、洗濯も、掃除も、時々ご飯を作るのも、すべて自分でしなければいけなくなったことだ。これは残念な現実に間違いない。
今朝、スーパーに食材や食糧などを買いに行って、スーパーのフリーザーに置かれた冷凍牛ばら肉を見ると、かあさんが牛ばら肉で作ってくれたすごくおいしい料理を思い出すのを禁じ得なかった。
アパートに帰って、かあさんに電話してさっきのことを話した。「じゃあ、今度香港に帰った時また作ってあげるよ。」かあさんが約束してくれた。「ところで、アメリカに持って行った月餅はもう食べたの?」
「ううん、まだまだ。中秋節がまだ来てないから。」私が言った。
実は私の太陰暦の誕生日は中秋節の日だ。そういうわけで、家族はよく「きみはきっと月餅を食べたかったから、ちょうど中秋節にこの世界に急いで来たんだね。」と冗談を言った。
以前は、毎年、誕生日には家族に自家製ご飯や好きなレストランのご飯をご馳走してもらったけれど、ちょっと残念なことに、この三年は留学しているから、太陰暦の誕生日、つまり中秋節も、西暦の誕生日も、家族と過ごせない。私の誕生日にプリンストンの友達にわざわざご飯を作ってくれたり、お祝いをくれたり、本当に本当に感激して、何度も感謝したが、時々「家族と過ごせばいいのに」って思った場合もあった。
とはいえ、私の考え方はだんだん変わってきた。確かに、私にとって家族と誕生日を過ごす方が欲しいけれど、家族と過ごせない経験がないと、このことの大切さを感じられないんじゃないだろうか。歴史専攻の学生として、「過去からきっと何か学べる」というモットーを信じているが、人生の一部の授業は、他人の経験から学ぶのが足りなくて、しばらくても永遠にでも失われたとか、道に迷ったとか、こういう望ましくないことを自分で一人で経験しなければ学べないはずだ。
例の一つは親子の関係だ。この時代の青春期間の若者の中で、「親がうるさくて、外で全然一緒にいたくない」って思わない人がいないようだ。周りの年上の人が「両親を大切にすべきだよ。というのは、将来のある日会いたくても、もう会えないからだよ。。。」って若者にどれぐらい説得しても、これを聞き入れて、親たちへの態度をすぐ直す若者はあまりいないはずだ。だが、永遠の別離ではなくても、ただ留学するとか、親がしばらく外国に出張するとか、久しぶりな実家に帰って、両親の増えてきてしまった白髪を気がつくとか経験したら、その考え方や態度が変わる傾向が見えるんじゃないだろうか。つまり、自分の経験から人生のことを一番体験できて学べると言えるかもしれない。
そういえば、中秋節が家族や親戚と会うべきお祭りで、一人で外国で過ごすのは少し寂しいけれど、人生という点から考えると、これは悪いことじゃないようだ。まず、家族が宝物のように大切だと心から分かってきたからだ。もう一つの理由は、家族と私が元気にいたら、将来一緒にお祭りや誕生日を楽しむ機会がまだあるけれど、外国で仲がいい友達と過ごす機会はいつでも楽しめるわけじゃないからだ。特に卒業してから、こういう機会が少なくなるはずで、今大切にした方がいいんだ。
それ以外、実は、若いうちに非常に高い代価を支払わずに、人生の寂しさを少し体験できるのは、大切だしかなりいいことだと思う。この寂しさは、何人かの友達と遊んだら和らげる気持ちじゃなくて、代わりにその時点で、自分だけで理解して、向き合うべきことだ。恵まれた人生は家族や色々な友達に同行してもらえるが、一部の道はだれも同行してあげられなくて、自分だけで向き合わなくてはならないからだ。このような道は人生のどんな段階に出てくるかを問わず、いずれはきっと経験するものだろう。
そういう時は、星空のような静かな人生の寂しさに覆われていながら、自分のアイデンティティ、生まれてから進んできた軌跡、自分にとって一番大切な人、大事なこと、どうしても忘れられない思い出、一番重い後悔、この上ない誇り、心のうずき、この上なく印象的な幸せなどの心の底の声が、とてもはっきりと聞こえるだろう。
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7年ぐらい前、つまり、大学一年生の時に、胃がよく痛かったので、病院で胃の内視鏡検査をすることになってしまった。その日のことは、いまだにすっかり覚えている。保険の関係で、検査の前日から入院し、家族と晩ご飯を食べた後、夜の10時か11時頃から検査まで何も食べてはいけなかった。朝八時ごろ、検査用の小さな手術室に行かされた。もちろん、だれも私に付き添わせてもらえなかった。私立病院で検査を受けたの、看護師さんたちもお医者さんも、公立病院よりもずっと親切だった。しかし、はじめてこのような検査を受けたから、やはりかなり緊張してしまった。そして、心配しすぎて、「もし睡眠薬を注入させてから、起きられなくなっちゃったらどうしよう?」など馬鹿げたことをちょっと考えた。実は、その注射器の中身は麻酔薬じゃなくて、ただの睡眠薬だったが。。。
バカバカしいけど、病床に横になり、知らないお医者さんと看護師さんしかいない手術室に行っていた瞬間、急に閃いた。人生には一部の道が自分一人でしか進めないということだ。今書いた反省は多分その時から少しずつ出てきたのだろう。
その考え方からか、私は人間関係の価値観が時々ちょっと一匹オオカミみたいに、いつどこへ行っても色々な友達に囲まれるのが必要なわけじゃなくて、よく一人の時間を楽しんでいる。それに、友達の数をあまり気にしていない。私を大切にしてくれる家族と、何人かの心から楽しく話せる親友や仲間がいて、旅行でたまたま気が合う友達に出会えれば、それだけで全く満足だ。
これから、いつか人生の寂しさをまた感じるかもしれないが、それにしてもまた感謝の気持を持ちながら、人生の旅を自分のペースで歩んでいこう!
クリス
2015年9月19日に書いた
2015年9月20日にだいたい訂正した
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