日曜日に、学食にブランチを食べに行って、同じテーブルで食べていた若い新入生たちと少し話した。一人は、「どうしてか分からないけど、プリンストンで参観者がいつもいっぱいいるし、その人たちがどこに来たか、目的が何か全然知らないけど、あいつらは私になりたいと思う。さすがプリンストンの学生だよ」って言った。そして、他の学生は、「うん、私もそう思う。プリンストンからの自信が多くあるよ!この学校が大好きだ」って応えた。
私は幼稚園から大学生まで香港で全然有名じゃない学校で勉強したし、修士の時、有名な香港中文大学に入った。そして、今、プリンストンで勉強している。プリンストンに入れた後で、私は自信が多くなったのに、それは普通な理由じゃない。
プリンストンで勉強していた時、一番見えることは本じゃなく、ストレスがいっぱいあるし、希望が自分の成果で立てる人かもしれない。先輩によると、何人かの大学院生はストレスがありすぎなので、退学したそうだ。プリンストンに入りたい人たちには、退学した学生は無理でばかみたいだと思っているかもしれない。たしかに、私はプリンストンの入学許可書をもらった後で信じられなく喜んだが、ここに来て、ここの学生として、いろいろな問題や圧力があると分かった。よく、ストレスの方が、声誉よりあると思っている。換言すれば、名望があるために、負担と圧力がある。
だから、ここで、頭がいい人も、人たちの制限も見えやすい。プリンストンの学生も、他の人も同じで人間だけだ。では、どうして自信が多くなった?というのはそんな環境で、できないことをたくさん見て、人生の究極の価値と自信は学歴か仕事の業績じゃないとだんだん分かったから。その代わり、クリスチャンの私たちとして、一番大切なことは自分自身とイエスの関係だ。イエスはただ私たちとの関係のために、愛と約束をくれるので、成功の時でも、失敗の時でも、無条件のご加護がまだある。もちろん、実り多い人生ができるように、頑張らなければいけないし、神との関係は何のことでも変わらない。その関係のために、イエスから愛と勇気をいただいて、そして、いのちを新たにできて、そして、人たちや社会へのくれたことだ。
実は、中学校を卒業したから今まで七年だが、その時の楽しい生活をまだ覚えている。学校はあまり有名じゃないのに、先生たちはいつもすごく親切だし心強いし、知識だけじゃなく人生のことを教えて、私たちが自分の夢の追求を励まして支持して下さった。何人かの先生はまだ連絡して、サボートと信任と教えるのをいただいだ。私の学歴の方が、一番好きな先生より高く、ただし、先生のおかげで、プリンストンに入れられた。
お年寄りになった後で、一番忘れなくてよがることは書いた論文や仕事じゃなくて、イエスから人たちへの手伝いや深い関係や積極的な影響や、そして、他の人の人生を豊かにしでほしい。とにかく、作った理論や書いた論文は忘れられるが、いのちにくれたことは鼓舞になれて、その愛を止められなく受け継いでスプレッドできるでしょう!これはかなり非現実的だが、私の信念だ。
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