学期の終盤で、勉強に忙しかったけれど、高畑勲が監督した「かぐや姫の物語」というアニメを友達と見に行った。物語は子供向けのはずだが、このストーリーはかなり悲しいだと思う。(私の考えをはっきり表すために、以下の内容はネタバレを含むが、映画を見たい人、読まないで下さい)
まず、かぐや姫は、小さい時、とても元気な子で、山で人間の「両親」と何人かの友達との生活を、質素だけど、この上なく楽しんだ。毎日、森で友達と冒険したり、面白いことをしてみたり、どんどん成長した。けれども、ある父さんは、かぐや姫が本当の姫になって、幸せに生きるように、山から大きな都市に引っ越しをし、かぐや姫の婚約のために色々な大金持ちを探すなど様々なことをしてくれた。とは言え、それは全てかぐや姫が一番欲しい生活じゃない。
立派な家に住んでいたにしろ、何人もの大金持ちにでも、帝にでも求婚されたにしろ、多分たくさんの人がねたんでいる生活を過ごしたにしろ、かぐや姫は全然嬉しいと感じられなかった。代わりに、いつも以前の生活を振り返ってしまった。最後に思いあまって、無意識に月に助けを求めて仕方がなかった。それで、月に帰らなければならないことになった。以下のコメントはちょっと酷いけれど、ある父さんが一生懸命したことがかぐや姫の人生を損なってしまったと言えるんじゃないだろうか。
その上、一番悲しいことの一つは、大切にしている人に一番合うことが何かを考えずに、相手に自分のアジェンダ、あるいは、いわゆる幸せな生活を作る計画ばかり押し付けるということなんじゃないだろうか?愛情を込めて育てる種子なのに、理想的な花になかなかならない。後悔して、何も出来なくて、感慨深かった。
そのアニメで、気になるところのもう一つは、最後の天人が来るところだ。その時の背景音楽は(背景音楽のリンク:https://youtu.be/fZiLNfcaTzE)素晴らしくて、喜びや自在などのいい気持ちを伝えてきたのに、天人たちは表情や感情が全然ないみたいだ。もしかしたら、その上ない喜びは、感情なし、記憶なしということなのか?私はそう思わないけど。
そして、一人の天人がかぐや姫に記憶を無くさせる羽衣を着せようとした時、かぐや姫はすぐ両親と離れなければいけないので、泣いていて、「ちょっと待って!」と叫んで、最後にもう一度育ててくれた両親を抱き締めた。そんなに悲しい場面でも、天人がためらわずに、ある羽衣をかぐや姫に着させた。一瞬、かぐや姫は生まれてから、幸せなことも、苦しいことも、感動深いことも、感慨深いことも、すべての記憶を除かれてしまった。そして、他の天人のように無表情に、無記憶になって、軽快な音楽と月に戻った。心細いお父さんとお母さんが残っていた。
前に書いたけれど、軽快な旋律なのに、どうにもならないところだ。実は羽衣を持っていた天人はかぐや姫に変なことを言った。「穢い所の物を召し上がっていたのでご気分が悪いことでしょう」と。穢い所の物とは、人間の世界の経験や思い出や愛情や大切にしていた人間関係なのでしょうか?本当の喜び、本当の平和、一番いい所は、本当に愛情なし、人間関係の絆や繋がりなし、記憶なし、笑いも涙もなしということなのか?私にとってそれは本当に生きているかどうか分からない。そうすれば、むしろ、幸いなことも、大変なこともある人生を過ごしたいと思う。
ところで、このアニメで面白いメッセージの一つは、前に地球に行って、ついに月に戻ったある女の子は羽衣を着られて、地球の記憶がなくなったが、月で地球と関係ある音楽を聞いて、思わず泣けてきた。思うに、この場合は詳しい思い出がなくなっても、心に刻み込んだ感情がまだ心のどこかにあるということを伝えているんじゃないだろうか。印象が強い経験はやはり除きにくいわけだ。
私は竹取物語の原作をちょっと聞いたけど、詳しく読んだことがない。だから、そのアニメがほとんど原作のままかどうか分からない。とにかく、そのアニメに色々考えさせられて、意味深いと思う。
人生で、嬉しい時でも、大変な時でも、私たちに命の重さと人生のきれいさを感じさせてくれるんじゃないだろうか。よく、死ぬような痛ささえ、私たちが本当に生きていると心の深みから感じさせてくれるわけだ。言うまでもなく、大変なことは大変で、痛いことは痛いが、将来のある日、一部の非常に大変な経験を振り返ったら、「ああ、そのことを経験しなかったら、多分今まで来られなかったかなぁ。その時、確かに苦しかったけど、人生のことがだんだん分かってきたし、他人の気持ちも徐々に感じられてきた。」と思うかもしれない。
もし酷いことを経験するとか、行き詰まりのようなところで進めなくても、将来、今日のことを振り返って、きっと何か学べたと分かると共に、その経験を乗り越えて、成長してきた自分を誇り得るという希望を持っていこう!
希望を持つ限り、多分難しい時にも、快い時にも感謝の気持ちとやる気も出てくるだろう。これは、生きている証明だ。
クリス ラウ
2015年5月25日にだいたい訂正した
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