結局のところ、研究の専門が変わった。というか、勇気を出して、専門を変えた。
中国歴史から、日本研究(Japan Studies)に。
地域も、分野も、なかなか大きな変化だろうか。
昨日、日本の人類学を研究なさっているB教授に会った。こわいと感じたけど、気弱で何でも心配するいつもの私ではなく、異常に勇気を引き出して、「先生、本当に日本研究に変えたいです。日本のことが大好きだからです」って口に出した。幸いなことに、先生が受け入れてくださいました。これから、色々しなければいけないこともあるけれど、一応第一歩を踏み出した。一安心だ。
第一歩だから、「この旅を振り返ろう」とは、もちろん言えない。とはいうものの、「まあ、変えようか?変えるまいか?どうしよう!?」っていう考えていた、というか、あがきをしていたこの長い間に、感謝すべき人がいるに違いない。
まず、ある夜、図書館からアパートに一緒に歩いて帰った友達のYさんだ。その人は、私の中国歴史研究に対しての文句、日本の人類学への興味についての話を聞いてから、「本当に日本研究が大好きなら、研究方向を変えれば?変えたら、きみがきっと今より楽しいような気がするよ。」って言ってくれた。それ聞いた私は、とっさに、「これは無理かな・・・将来の就職も難しいし、私の日本語もそんなによくないし、私の日本研究の訓練も足りないし」って答えちゃった。さすがびびり屋だ。
そう思えなかったのは、その世間話で引き出されたアドバイスが、ほくちのように、焼ければ焼けるほど、一つのコーナーだけから、全く私の心を燃えてしまった。知らず知らず、変えようという決心が、10パーセントから、どんどん100パーセントに湧いてきた。これは全て、その夜のおしゃべりから始まった。
次に、大学生のBさんだ。その人はブルガリア出身で、私は彼女のブルガリア語の名前を一回も正しく読めなかった。発音が苦手な私はすぐ諦めて、いつも「バナナさん」って彼女を勝手に呼ぶことにした。そのかわいいニックネームのおかげからか、私たちは仲がすぐよくなって、彼女とはいつも話が尽きない。彼女は私より若いけれど、頭がずっとよいので、ただ数回の話をしただけで、私のことをかなり理解できた。私はバナナさんに「えーと、最近考えてるのは、専門を変えることだよ。日本の人類学に。」って言うと、「いいね!きみの性格は歴史より人類学の方が合うから!」って言ってもらった。
私たちの性格は似ているところがあって、その中の一つは、食べ物の点から考えると、卒業した後で、アメリカに滞在したくないということだ。いずれ、彼女と「美味しいものがないアメリカから逃げたい留学生同盟」を一緒に作れる可能性はなきにしもあらずだ。
最後に、特に変なM先生にはありがたく思っている。その先生は一体どれぐらいおかしいかを表現しがたくて、まじめに説明してみれば、一つの文章の長さも足りないかのようだ。ともかく、藤子・F・不二雄先生が描いたキャラクターかのように変で、あるいは、それよりも、ずっと珍しいと言わずして何と言えばいいのか。
私の今年の日本語の授業の担任じゃないけど、いつも私のろくでもない話を聞いてくれて、考えさせる質問をしてくれて、私のぎくしゃくした作文を読んでくれる。今回の「専門を変えるかどうかを考えよう大作戦」に、色々助けてくれた。私自身でも、自分の優柔不断な状態にうんざりした。ところが、変な先生は何回も何回も聞いてくれたり、励ましてくれたりした。色々話の中で、私が今でも分からないのは、「ラウさんの将来を楽しむ」というお話だ。自分の将来を考えみれば、時々不安の方が期待感より強いのに、信じてくれて、感謝してる。
先生の教職の契約を読んだことはもちろんないけど、「研究方向を変えたい学生に聞いてください」とか、「学生が書いた宿題以外の作文を読んでください」などの条文はないに決まっているだろう。この前提から、教育や学生に情熱を持たない先生は、そのような時間がかかることを絶対にしてあげないと言えるだろう。
実は、その先生から一番学んだのは(ちょっと悪いかもしれないけど)本当に日本語じゃなくて、その代わりに、先生という人間の役割についてだ。先生として、知識を教えるのは、いうまでもない責任だが、それだけだったら十分かどうかが、考えようによっては違うだろう。またちょっと悪いけど、人間はコンピューターじゃないから、学んだ知識をいつか忘れがちだ。とはいえ、忘れられないこともあると信じてる。例えば、夢を抱く勇気をもらったすてきな瞬間とか、人生の星のような数かぎりない可能性を見せてもらった後の愕然とする興奮など。私が学生としての長い間に、様々な恵みのおかげで、それぞれの段階にも、素晴らしい先生に出会うことができた。その先生たちを通して思うことの一つは、信頼できる関係を築けば、先生が学生の人生に及ぼす影響は一生残り得るということだ。所詮、一部のささいなことが、一度してもらったら、忘れられない。これはすぐ分かることじゃないし、そして、ただ26歳の私から出した考えだから、「一生のこと」って、説得力がないかもしれないが、本当に心からそう感じてる。それに、その変な先生は、そういう先生の中の一人のような気がする。
その人たちに計り知れない支えをもらえなかったら、私は絶対、興味に従う代わりに、思い切って、自分をコンフォートゾーンのわなにはめてしまうだろう。今、この作文を書く代わりに、「あー、大学の時代から日本語を学び始めて、日本研究に興味を持ち始めれば、よかったのに。」と後悔ばっかりしちゃう。
どうすれば恩を返せるかが、実は分からない。(大学人になれたら)人生の今までもらった恵み、自分の信念、地に足がつく研究者になることを目指し、象牙の塔に閉じこもらない原則、等しく大切に、皆の期待を裏切らないように、新しい旅立ちに、研究も、人生も、楽しみながら、一生懸命頑張ると約束する。
ありがとう。
クリス ラウ
2015年11月18日に書いた
2015年11月19日にだいたい訂正した
No comments:
Post a Comment