今年の夏、大好きなドラえもんを見るために、広島の市立美術館で開催された藤子・F・不二雄の記念展覧に行った。ところが、たまたまそこで見た、オバケのQ太郎が気に入った。ばかばかしくて、不器用だけど、優しくて、友達を大切にしていて、かわいいやつのような気がした。Q太郎に興味が出てきたから、漫画も買った。
ドラえもんのアニメを見たことがあるならば、どんな子供でも、「ドラえもんが欲しい」って思ったことがきっとあるだろう。ドラえもんがまだ22世紀から来ていないけど、Q太郎の漫画を読めば読むほど、一つの思いが強くなった。私は学校でオバQに出会ったということだ。その現実世界の「オバQ」は、私の日本語の先生だ。
そのオバQ先生は、仕事がいかに忙しくても、授業ではいつも元気で、学生が楽しめるように、わざわざバカな顔をしたり、ドラえもんのような声で話したり、授業を面白くしたりして、本当にすごい先生だ。本当にQ太郎のように、いつでもイキイキして、学生を笑わせてあげる一方で、よく転んだり、倒れたり、怪我したりして、なかなかぎこちないみたいだ。
はじめてオバQ先生に出会ったのは、私が大学院の一年生だった時だ。あっという間に三年生になった。その先生のおかげで、私は、100点満点の日本語のテストで62点しか取れなかった学生から、今は日本語がきわめて好きな学生になってきた。そして、毎週のように、先生のオフィスアワーにときにする話は一週間のうちで一番楽しいことの一つだ。なぜかというと、大好きな歴史や人類学などのまじめなことも、アニメや食べ物のようなバカバカしくて、軽いトピックも話せるからだ。そして、先生は学生がずっと前にした話もよく覚えていて、不思議だ。その上、そもそも歴史を専攻したオバQ先生は、歴史研究の感興も苦労もよく分かった。それと共に、この二年間で、先生の人生の経験の話を聞かせていただいて、色々学んだ。
今年、日本語の四年生の授業を取っている。一般的な宿題以外に、特別なプロジェクトもある。他の人たちやグループと繋がり、日本語を使って何かに貢献できることを中心にするプロジェクトだ。私が日本語が好きになったきっかけは、ある出会った日本人と、基本的な日本語でしたご挨拶だったので、日本語を勉強している後輩に会話の楽しさを感じさせてあげてみたい。だから、「ペラペラ話す会」というグループを作って、何人かの後輩と、二週間に一回、一緒に晩ご飯を食べつつ、日本語で皆が興味を持っている話題について話すようにしている。私は修士の時、チューターをしたことがあるけれど、外国語を教えたことは全くなかった。どうすればいいかが分からなかったけど、一応オバQ先生の教え方から学ぶより他にない。
先生の教えるスタイルについて考えて、それで、後輩たちに会っている時、ちょっと疲れても、なるべくオバQ先生のように元気を出してみたり、笑顔を作ったり、相手が自分の経験や生活について話し始めたら、「へえ、なになに?教えて!」って言って、聞きたくなるようにしている。すると、それまで静かだった後輩たちからも、信頼関係がだんだんできてきて、色々な話を聞かせてもらった。私は教育学を勉強したことが全然ないけど、オバQ先生が先生としての魅力が、単に日本語の教え方だけではなくて、もっと深いことや態度から生じてきたんじゃないかと思う。
ところで、今週、オバQ先生のオフィスアワーに行って、ライフストーリーのエピソードを聞かせていただいた。先生は5年前の意外と手術によって、人生への向き合い方がかなり変わってきた。「人と死ぬことがこんなに近いと感じたのははじめてな気がしたよ。」って先生は振り返って口にした。「その前の人生は、仕事ばっかりで。もちろん、自分は教える仕事が大好きだ。でもね、人生には他のこともあるかなって思うんだ。」とオバQ先生は言い続けた。
オバQ先生は大変なことを色々経験したそうだ。苦しいことはつらいんだけれど、今の先生は、楽天的だし、学生の気持ちが分かってくれるし、人生の知恵も持っている。
「先生はオバQみたいだと思う」っていう私の話を聞くと、先生は怒らずに笑いながら、「子供の時、オバQを見て、こんなにバカなオバケがいるかって思ったけど、今、自分の人生を振り返って、オバQのようにばかばかしいような気がするんだ」って言った。どう言えばいいのかな。確かに、授業で元気すぎな先生のおかしい表情や、動作を見て、よく笑わずにはいられない。とはいうものの、これは先生がばかばかしいという訳じゃない。
オバQ先生よりも、むしろ、人生で、お金や仕事の成果や社会での立場などの「自分」のことばっかり考えていて、自分に対して有利じゃない人に冷たくするという人間味がない人の方が、本当の大バカだ。
オバQ先生と話していた途中、他の一人の先生がオフィスに入って、去年の学生の習字を渡した。私が去年書いたのも、その中に入っていた。「感謝」という言葉だ。私の字はきたないけど、先生はいつも話してくれたり、聞いてくれたりしてくれていたので、オバQ先生にその習字をお礼としてお送りした。
先生は嬉しげて、私の習字をオフィスの壁に貼ってくれた。私はペンを出して、「オバQ先生へって書きたい!」って言った。
「いやいや、恥ずかしいよ。そして、このままで、神さまにも、色々なことにも、感謝してるね。」って先生は言った。
オバQ先生はどれぐらい、Q太郎のようにばかばかしいかは分からない。というか、先生は決してバカじゃないと思う。唯一確かなのは、オバQ先生の心が、かわいいQ太郎のように優しいに違いないということだ。
(インターネットからの写真)
クリス ラウ
2015年11月25日に書いた
2015年11月28日にだいたい訂正した

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