Sunday, November 29, 2015

少し・不思議(だいたい訂正した)

今年の夏、広島に旅行していた時、藤子・F・不二雄先生の誕生80周年記念展が広島市立美術館で開催されていたのを偶然見つけた。子供の時からドラえもんが大好きだった私は、こんなに珍しい機会を逃す訳がなかった。だから、ワクワクしながら見に行った。 

ドラえもんについての内容はいうまでもなく素晴らしかったが、そこでたまたま見たオバQのアニメと漫画も楽しませてもらった。すると、なかなかQちゃんが気に入ってきた。実は、前にオバQは聞いたことがあったんだけど、アニメも漫画も楽しんだことが全然なかった。 

Q太郎の他に、藤本弘先生がおっしゃった名言が気に入った。「SFとはすこしふしぎ」という言葉だ。SFとは、もともと「サイエンス・フィクション」という意味なんだけど、藤本弘先生が作った「少し不思議」という語釈は、深い意味だろう。 

そう考えれば、ドラえもんをはじめ、Qちゃんやケロロ軍曹や名探偵コナンなどの私が大好きなアニメは、いうまでもなく、テーマやキャラクターの設定がそれぞれ違うけれど、一つの共通点があると気づいた。そのアニメは現実世界の設定を元にして作られたということだ。(もちろん、コナンの中の殺人事件なんて、現実世界で起こらないままでいい) つまり、機動戦士ガンダムなどのSFと全く違って、ドラえもんやQちゃんを見れば、日本人の日常生活の習慣や、いわゆる生活の様子も、基本的にけっこう理解できるような気がする。それと共に、未来から来たドラえもんも、オバケのたまごから飛び出したQ太郎も、身近な日常的な情景に入ってきた。別の言い方をすれば、日常生活で起きた少し不思議なんだ。

去年公開された、ドラえもんの「Stand by Me」という映画には、のび太がはじめてタケコプターをつけて、町に流れてる川や橋の上を走る電車の上飛んでいったシーンや、ドラえもんが未来に帰らなければいけないことを知らされて、その川岸で泣いていたシーンがある。今年の夏、日本語のプログラムに参加するために、初めて日本に行って、二ヶ月間石川県の金沢に泊まらせていただいた。金沢は大きな町ではないけれど、浅野川と犀川の二つの川が流れていて、平和な雰囲気に囲まれた親切な町だと感じてた。そして、いつも見てたアニメから受けた影響からか、私も、よく浅野川に行って、そこで散歩したり、ゆっくり座ったり、現地の人々の生活や町の生命力を感じたりした。(本当に楽しかったから、今この文を書きながら、笑わずにはいられない。)その川で、何回も、見たアニメのシーンが頭に思い浮かんでいて、随分親しんだと感じた。

実のところ、今までの人生といっても、たったの26年なので、すごく長い時間が経ったとは言えないけれど、振り返れば、少し不思議だなあって感じることが色々あった。

まず、家族だ。家族とは当然特別な人間関係にある。なぜなら、両親や兄弟を選ぶこともできないし、とりわけ子供の頃は、好きにしろ、嫌いにしろ、家族と一緒に住むしかない。とはいうものの、ごく最近、「マルモのおきて」というドラマを見て、「家族とは一体なんだろう」って考えさせられた。ただ同じ屋根の下に住むことなの?単に血縁さえあれば保てることなの?あるいは、もっと根本的で深いことなの?

私の子供の時代は幸せだったと思う。私が12歳の時、イモウトが生まれて、自己中心的だった私にとって、非常に大変で、泣いてばっかりいたあかちゃんがあまり好きじゃなかった。とはいえ、おかげさまで、それはもう問題じゃない。どう言えばいいのだろう。ともかく、下の兄弟を世話すべきだという伝統的なイメージと逆に、うちの場合は、上の子であるにもかかわらず、私はいつも両親とイモウトに面倒を見てもらっていた。家族は料理など様々な家事をしてくれたり、私がドラえもんを見たい時には、特にイモウトがDVDプレーヤーをつけてくれたりした。また、私のつまらない話を聞いたり、少し潔癖症がある私のために菜箸を使うようにしてくれたり、外で疲れた時には私のものを持ってくれていた。特に前に喘息があった時も。それを通して分かってきたのは、家族とはいかに面倒くさくても、受け入れてくれる人たちだということだ。その上、見返りを求めず色々してくれるばかりでなく、本当の私たちのことを分かってる人が家族だ。例の一つは、理由もなく私が腹が立てていた時も、何も言わなくても、かあさんは私が怒っている原因をよく当てていた。その「超能力」なんでかは今まで分からない。

何もせずにこんなに大切な恵みをもらえると、不思議だと言わずして何と言えばいいのか。

次に、ふるさとの香港の友達だ。最近、来年の2月に二週間ぐらい香港に帰ることを決めた。滞在時間があまり長くないから、バタバタしないように、本当に会いたい友達だけに知らせた。すると、信頼関係がある色々な親友が「おいしいラーメン屋さんを見つけたよ!きみが香港に帰った後で、一緒に食べに行こう!」とか、「日本についての面白い本を買った。きみが香港に帰ったら、貸してあげるよ。」とか、「1月の試験、きっと大丈夫だよー!きみのお年玉を用意しとくよ!」とか、「ドラえもんの写真を送った!応援してるぞ!きみに会いたい!」など、計り知れないほど優しい言葉を言ってくれた。会うたびに、お互いのわるぐちや笑えることしか口に出さぬ割に、本当は、心で大切にし合うようにしてる。外国に留学していて、何でも下手な私は、香港の友達を何かに助けるよりも、むしろ、いつも様々なことを励ましてもらい、祈ってもらい、香港にいる時、おいしいものをもらった。友達はなぜこんなダメ人間ともまだ信頼関係を繋げてくれるかは、よく分かんない。

あるはじめて出会った日、他の人じゃなくて、ちょうどある人に出会して、知らず知らず友達になって、信頼関係を築いてきて、ケンカをしちゃっても、相手の欠点もよく分かっても、繋がりをまだ保っている。それと同時に、一部の友達は短い間にしかいないなかまだけれど、一部の友達は、色々なことを一緒に経験して、人生のアルバムによく顔が出てきた。特に何人かの十年以上の親友に、再会するたびに、ありがたく思うように心がける。そういうことは、時々「当たり前だ」って思われちゃうけど、その中の数かぎりない偶然を考えると、誠に不思議なのだろう。

イエスの恵みのおかげで、たくさんの「少し不思議」に思えずにぶつけって、一つの作文に全部書きようがない。だが、ここに、もう一つを書きたい。この二年間に留学できることだ。大変なことは大変だけど、ここの授業や日本語の学習や教授との面談を通して、自分がやる気と情熱を持っていることはそもそも専攻している中国近代史から、日本研究にだんだん変わってきたことに気づいた。それで、前に書いても、「研究の専門を変えようか、変えるまいか、どうしようか!?」っていう考え大作戦で、結構長い間に中ぶらりんだったが、色々励ましてもらって、とうとう教授に提出した。専門を変える第一歩を踏み出した。この過程を振り返ったら、素晴らしい人たちに助けてもらったり、自分のびびり屋の性格を少し越えてみたり、前に興味がそんなに強くなかった分野、つまり日本研究にうっとりするようになったりしたのは、信じがたい不思議な経験だ。

そして、また不思議なことに、たまたまプリンストンに勉強させてもらったから、「この学校の学生は賢くない人がいないから、あなたも頭がいい」という先入観に思い込まれちゃったけれど、自分の頭が変哲もないものにすぎないとよく分かった。人々の資質や才能によって、それぞれの合わせる存在意義や使命や役割がきっとあるに違いないから、そんなに賢くなくても別に悔しいことではないと思う。従って、大統領を目指すとか、自分の研究分野に第一人者になるべきとか、百年後でもまだ記念されるという非常に高い志向よりも、私にとって、むしろ、少し不思議な人生さえ過ごせば十分だ。色々素晴らしい出会いとか、興味と情熱が溢れることをさせてもらうとか、ささいなことでも、当たり前では決してない。

急に思い付いたのは、村上春樹の「小確幸」と、藤本弘の「すこしふしぎ」は、どうやら同工異曲だということだ。こういう視点から考えれば、「それもあれも当然だろう」って思う代わりに、感謝の気持ちさえ持てば、人生は、いろんなちっちゃでも不思議なサプライズが遠からず私たちを待っているように期待して、自分の夢を翼にして、幸せに前向きに空を飛んでいくだろう。

(藤子・F・不二雄記念展覧のフェイスブックページからダウンロードした写真)


クリス ラウ
2015年11月28−29日に書いた
2015年11月29日にだいたい訂正した

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