Wednesday, May 7, 2014

いい人文科学の民族誌が理論を作らなければいけない?(訂正した)

今週、一つのセミナーの読み物は、人 類学者が書いたA Disability of the Soulという北海道のべてるの家(英語でBethel’s House)についての民族誌だった。著者のカレン·中村先生は、日本人だけど、子供の頃から、オーストラリアとアメリカに住んでいた。前に、中村さんは、 べてるの家とそこに住んでいた精神分裂症の患者を研究した。

べてるの家は、1984年に北海道浦 河町で精神異常者のために建てられて、普通の精神障害センターと違う。精神分裂症の患者はそこで、一緒に住んでいたり、仕事をしたり、いくつかの対話につ いてクラスをとったり、相互に支援したりしている。だから、患者の治療は精神科医と薬だけじゃなく、コミュニティーの生活にも依存している。例えば、或る 日、一人の患者は呼び出しを聞いて、ユーフォーに乗って、世界を救わなければいけないと言った。他の患者はユーフォーの運転免許証を持っているかと聞いて、 持っていなかったら、怪我をするかもしれなくて、ユーフォーを運転してはいけないと言った。そのユーフォーを運転したがっている患者が聞いて、ないよって答えて、べてるの家に素直に泊まった。

そして、よく、患者は近めの病院の精神科医に行っていて、薬を飲んでいる。この民族誌によると、その医者は、べてるの家の患者を治さなくて 、正常なコミュニティーの生活が患者を治したと思っているそうだ。

実は、最初、何人かの患者は、中村先生をあまり信じられなくて、中村先生に自分のストーリーについてあまり話してくれなかったけど、中村先生がそこに泊まっている間に、信頼がだんだん出来た。それで、自分の悲しい過去を話してくれた。

中村先生の研究対象は精神分裂症の患 者だったけど、その人たちの病歴を全然病院に求めなかった。代わりに、観察や対話や聞くことから、患者を理解した。トップダウンの視点じゃなく、患者の視 点から問題を研究した。そして、患者の前の無視された声が明かせて、意味がたくさんあると思う。

外で、中村先生がべてるの家についてのビデオを作った。ビデオの最後で、べてるの家の精神障害がある創立者が一人の外国人に言いたい言葉を録画した。そのビデオでは、患者が自分自身のために話せた。

ところが、理論がいつも大好きなクラスメートは、その本は大学の研究に役に立つかと聞いて、その本の中に答えが探せなくて、小説の方がこの民族誌より面白いと言った。

けれども、私はこの著者と民族誌が大好きだ。どうして?たくさんの理由があるけど、一番大切な理由は、中村先生の精神分裂症の患者への倫理と情熱かもしれない。

実は、序文によると、中村先生はティーンエイジャーの時に鬱病があったそうだ。だから、精神異常者について研究したがっていて、その問題に貢献している。本当に素晴らしい意図と情熱だ。

中村先生の貢献する対象は大学の研究だけじゃなく、精神異常者にも、社会にもだと思う。人文科学は一番重要なことが、理論と明らかな議論じゃないかもしれなく、世界への情熱と、社会の少数派への配慮と、歴史の無視された人たちの声を見せられることと、社会からその問題についての関心を上げることだと思う。そのことが出来たら、理論がないことは大丈夫だと思う。

その情熱がある研究がしようになりたい。いい人文科学の学者は人たちと社会への情熱と関心を持っていなければいけないと思う。

最後の2段落の他の訂正バージョン
中村先生は大学の研究に貢献しているだけじゃなく精神常者にも社会にも貢献していると思 人文科学一番重要なことは、や明確ながあることじゃないかもしれない。それは、世界へを見せること社会の少数派へすること無視された人たちの声を人々に聞かせることそして、その問題について社会の心を上げることだと思これが出来たらもしその研究にがなくても大丈夫だと思

私はその情がある研究ができるようになりたいいい人文科学の学者は人々や社会への情心を持っていなければいけないと思


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間違いについての説明
今週、一つのセミナーの読み物は、人 類学者が書いたA Disability of the Soulという北海道のべてるの家(英語でBethel’s House)について民族誌だった。著者のカレン·中村先生は、日本人だけど、子供の頃から、オーストラリアとアメリカに住んでいた。前に、中村さんは、 べてるの家とそこに住んでいた精神分裂症の患者を研究した。

べてるの家は、1984年に北海道浦 河町で精神異常者のために建てられて、普通の精神障害センターと違う。精神分裂症の患者はそこで、一緒に住んでいたり、仕事をしたり、いくつかの対話につ いてクラスをとったり、相互に支援したりしている。だから、患者の治療は精神科医と薬だけじゃなく、コミュニティーの生活にも依存している。例えば、或る 日、一人の患者は呼び出しを聞いて、ユーフォーに乗って世界を救わなければいけないと言った。他の患者はユーフォーの運転免許証を持っていると聞いて、 持っていなかったら、怪我を出来てするかもしれなくて、ユーフォーを運転することがダメよしてはいけないと言った。そのユーフォーを運転したがっている患者が聞いて、ないよって答えて、べてるの家に素直に泊まってあっ た。

そして、よく、患者は近めの病院の精神科医に行っていて、薬を飲んでいる。この民族誌によると、その医者は、べてるの家の患者を治さなくて 、正常なコミュニティーの生活が患者を治したと思っているそうだ。

実は、最初、何人かの患者は、著者中村先生をあまり信じられなくて、中村先生に自分のストーリーについてあまり話してくれなかったけど、中村先生がそこに泊まっている間に、信頼だんだん立てた出来た (literally means "came into being")。それで、自分の悲しい過去を話してくれた。

中村先生の研究対象は精神分裂症の患 者だったけど、その人たちの病歴を全然病院に求めなかった。代わりに、観測 (this term is normally for observing stars) 観察 (observation of people) や対話や聞くことから、患者を理解した。トップダウンの視点じゃなく、患者の視 点から問題を研究した。そして、患者の前の無視され(された means being, 無視された means being ignored) 声が明かせて、意味がたくさんあると思う。

外で、中村先生がべてるの家についてのビデオを作った。ビデオの最後で、べてるの家の精神障害がある創立者が一人の外国人に言いたい言葉を録画した。それはそのビデオでは、患者が自分自身のために話せた。

ところが、理論がいつも大好きなクラスメートは、その本はアカデミーに何を大学の研究に役に立つか (grammatical pattern of ~に役に立つ means useful to something) / 大学の研究に何を貢献するか と聞いて、その本の中に立論を (立論 is super formal) 答えが/議論が探せなくて、小説の方がこの民族誌より面白いと言った。

けれも、私はこの著者と民族誌が大好きだ。どうして?たくさんの理由があるけど、一番大切な理由は、中村先生の精神分裂症の患者の倫理と情熱かもしれない。

実は、序文によると、中村先生はチィティーンエイジャーの時に鬱病があったそうだ。だから、精神異常者について研究を欲しいっていて(ほしい is too direct, sometimes like 子供はお菓子が欲しいっていつ)したがっていて、その問題に貢献している。本当に素晴らしい意図と情熱だ。

中村先生の貢献する対象はアカデミー大学の研究だけじゃなく、精神異常者も、社会もだと思う。民族誌人文科学は一番重要なことが、理論と明らかな立論議論じゃないかもしれなく、世界への情熱と、社会の少数派への配慮と、歴史の無視された人たちの声を見せられることと、社会からその問題についての関心を上げることだと思う。そのことが出来たら、理論がないことは大丈夫だと思う。

その情熱がある研究が出来たいしたい/しようになりたい (want to be able to do such passionate research, grammatical form: volitional form + になりたい. If simply say 食べられない would mean something like "want to be eaten")。いい人文科学の学者は人たちと社会への情熱と関心を持っていなければいけないと思う。

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