今週、一つのセミナーの読み物は、人類学者が書いたA Disability of the
Soulという北海道のべてるの家(英語でBethel’s House)について民族誌だった。著者のカレン·中村先生は、日本人だけど、子供の頃から、オーストラリアとアメリカに住んでいた。前に、中村さんは、べてるの家とそこに住んでいた精神分裂症の患者を研究した。
べてるの家は、1984年に北海道浦河町で精神異常者のために建てられて、普通の精神障害センターと違う。精神分裂症の患者はそこで、一緒に住んでいたり、仕事をしたり、いくつかの対話についてクラスをとったり、相互に支援したりしている。だから、患者の治療は精神科医と薬だけじゃなく、コミュニティーの生活にも依存している。例えば、或る日、一人の患者は呼び出しを聞いて、ユーフォーに乗って。世界を救わなければいけないと言った。他の患者はユーフォーの運転免許証を持っていると聞いて、持っていなかったら、怪我を出来て、ユーフォーを運転することがダメよと言った。その患者が聞いて、ないよって答えて、べてるの家に素直に泊まってあった。
そして、よく、患者は近めの病院の精神科医に行っていて、薬を飲んでいる。この民族誌によると、その医者は、べてるの家の患者を治さなくて 、正常なコミュニティーの生活が患者を治したと思っているそうだ。
実は、最初、何人かの患者は、著者をあまり信じられなくて、中村先生に自分のストーリーについてあまり話してくれなかったけど、中村先生がそこに泊まった間に、信頼をだんだん立てた。それで、自分の悲しい過去を話してくれた。
中村先生の研究対象は精神分裂症の患者だったけど、その人たちの病歴を全然病院に求めなかった。代わりに、観測や対話や聞くことから、患者を理解した。トップダウンの視点じゃなく、患者の視点から問題を研究した。そして、患者の前の無視した声が明かせて、意味がたくさんあると思う。
外で、中村先生がべてるの家についてのビデオを作った。ビデオの最後で、べてるの家の精神障害がある創立者が一人の外国人に言いたい言葉を録画した。それは、患者が自分自身のために話せた。
ところが、理論がいつも大好きなクラスメートは、その本はアカデミーに何を役に立つかと聞いて、立論を探せなくて、小説の方がこの民族誌より面白いと言った。
けれでも、私はこの著者と民族誌が大好きだ。どうして?たくさんの理由があるけど、一番大切な理由は、中村先生の精神分裂症の患者にの倫理と情熱かもしれない。
実は、序文によると、中村先生はチィーンエイジャーの時に鬱病があったそうだ。だから、精神異常者について研究を欲しいっていて、その問題に貢献している。本当に素晴らしい意図と情熱だ。
中村先生の貢献する対象はアカデミーだけじゃなく、精神異常者も、社会もだと思う。民族誌は一番重要なことが、理論と明らかな立論じゃないかもしれなく、世界への情熱と、社会の少数派への配慮と、歴史の 無視された人たちへの声を見せられることと、社会からその問題についての関心を上げることだと思う。そのことが出来たら、理論がないことは大丈夫だと思う。
その情熱な研究が出来たい。いい人文科学の学者は人たちと社会への情熱と関心を持っていなければいけないと思う。
べてるの家は、1984年に北海道浦河町で精神異常者のために建てられて、普通の精神障害センターと違う。精神分裂症の患者はそこで、一緒に住んでいたり、仕事をしたり、いくつかの対話についてクラスをとったり、相互に支援したりしている。だから、患者の治療は精神科医と薬だけじゃなく、コミュニティーの生活にも依存している。例えば、或る日、一人の患者は呼び出しを聞いて、ユーフォーに乗って。世界を救わなければいけないと言った。他の患者はユーフォーの運転免許証を持っていると聞いて、持っていなかったら、怪我を出来て、ユーフォーを運転することがダメよと言った。その患者が聞いて、ないよって答えて、べてるの家に素直に泊まってあった。
そして、よく、患者は近めの病院の精神科医に行っていて、薬を飲んでいる。この民族誌によると、その医者は、べてるの家の患者を治さなくて 、正常なコミュニティーの生活が患者を治したと思っているそうだ。
実は、最初、何人かの患者は、著者をあまり信じられなくて、中村先生に自分のストーリーについてあまり話してくれなかったけど、中村先生がそこに泊まった間に、信頼をだんだん立てた。それで、自分の悲しい過去を話してくれた。
中村先生の研究対象は精神分裂症の患者だったけど、その人たちの病歴を全然病院に求めなかった。代わりに、観測や対話や聞くことから、患者を理解した。トップダウンの視点じゃなく、患者の視点から問題を研究した。そして、患者の前の無視した声が明かせて、意味がたくさんあると思う。
外で、中村先生がべてるの家についてのビデオを作った。ビデオの最後で、べてるの家の精神障害がある創立者が一人の外国人に言いたい言葉を録画した。それは、患者が自分自身のために話せた。
ところが、理論がいつも大好きなクラスメートは、その本はアカデミーに何を役に立つかと聞いて、立論を探せなくて、小説の方がこの民族誌より面白いと言った。
けれでも、私はこの著者と民族誌が大好きだ。どうして?たくさんの理由があるけど、一番大切な理由は、中村先生の精神分裂症の患者にの倫理と情熱かもしれない。
実は、序文によると、中村先生はチィーンエイジャーの時に鬱病があったそうだ。だから、精神異常者について研究を欲しいっていて、その問題に貢献している。本当に素晴らしい意図と情熱だ。
中村先生の貢献する対象はアカデミーだけじゃなく、精神異常者も、社会もだと思う。民族誌は一番重要なことが、理論と明らかな立論じゃないかもしれなく、世界への情熱と、社会の少数派への配慮と、歴史の 無視された人たちへの声を見せられることと、社会からその問題についての関心を上げることだと思う。そのことが出来たら、理論がないことは大丈夫だと思う。
その情熱な研究が出来たい。いい人文科学の学者は人たちと社会への情熱と関心を持っていなければいけないと思う。
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