Wednesday, October 22, 2014

本心ということ


一昨日の朝、話す試験を悪くしちゃった。

少し悔しかったから、ちらしを食べたかった(無理な論理だけど、私はおいしい料理が大好きだ)。レストランに行く時、電話が鳴って、Y先輩だった。先輩は、昼ご飯をもう食べたかと私に聞いた。そして、一緒にご飯を食べた。

食べながら、私たちは意味があまりないけど楽しいことや生活の観察など話したけど、一番おもしろいトピックは人々についての考察だと思う。私たちの考えは似ている。一部の人は見たところでは優しいらしいのに、情熱とコミットメントがあまりない。対照的に、一部の人は、初めて私たちを特に優しい気持ちに感じさせないけど、私たちは心で観察して感じて、その人たちの理解と印象が徹底的に変わる可能性がきっとある。

そして、一分の人々は仕事が完璧に出来るし、色々な責任を成し遂げるし、いつもニコニコしているけど、仕事だけ指向だと、そんな人たちの真摯や真心をあまり感じられない。それに対して、一部の人はあまり傑出しなさそうにしても、性格が率直だし、本心があるし、人間指向だったら、その気質を徐々感じられると信じている。

香港の普通の例は、医者だ。プライベートクリニックの何人かの医者は、毎日患者に親切に笑ってくれたけど、お金のために高すぎるし不必要な薬を処方しているが、何人かの医者は、患者に厳しいが、患者への本当に有用な薬や治療だけ処方しているし、患者が気を付けなければいけないことを大事に教えている。よく、外の表情は本心と全然違いそうだろう。

とにかく、思うに、仕事指向と人間指向はやっぱり違う。

実は、子供っぽいけど、このトピックについて考えながら、私はドラえもんを思い出した。このアニメは深い意味が様々にあると思う。例えば、ロボット工場でドラえもんが作られた時、落雷の事故だから、ドラえもんは稲妻に直撃られて、螺子が一本抜いた。それで、欠点が多くなったし、他のロポットの方がドラえもんよりずっと上手だし、よく、いわゆる高機能のロボットクラスメイトに嘲笑られた、そして、のび太くんに世話をぼやぼやするにせよ、ドラえもんはのび太くんをいつも心でさぞ大切にして、二人が親友になって、愛と配慮などがいっぱいある。つまり、そもそもドラえもんは完璧なロポットではないけど、真心を持っているから、人々の心を暖められた。

子供の時、母は人々を深く理解するために、目だけじゃなくて、心を使って下さいと私に教えてくれたけど、その時私はあまり分からなかったけど、色々な人を少し見たり、様々なことをちょっと経験したりして、その意味はだんだん分かった。前に、一人の先輩は、たくさんの人文科学の学生、特に歴史の学生は人々を初めて会って話すなり、強い気持ちがもうすぐ出来そうだと私に言った。そんなことがあるかどうかあまり分からないけど、私はこの性格があると思う。そして、心の本気が見えると信じている。

先輩と歓談した後で、朝のことと悲しい気持ちを忘れた。先輩に心強い励ましをもらって、どうもありがとう!

けれども、去年以来いつも気長に教えて下さったX先生を思い出して、その先生を失望させて申し訳なくて、「すみません」と言いたい。というのは、先生は今年の先生じゃないけど、また教えて励まして下さっているからだ。ほら、本心があると、きっと見えるはずだ。

ところで、久しぶりの先生は私が書いた「信念、大切じゃない?」という作文を読んで、素晴らしいレスボンスを書いて下さった。「自分の信念がなければ自分が自分である意味がないですよねつまりロボットでもいい)。だから私はいつも信念を信じて自分のを明るく追いかけていますそのためにはは本当に大切だし学生も仲になれると思いますと一にならなんでもできると思っていますよ

確かに、優秀と効率は社会で最高なこととは言え、本心と情熱は人間と仕事マシンの微妙で意義深い違いだろう。

私はまた学生だから、そんな言葉や理想について言いやすいし、書きやすいが、もし将来そんなことを忘れないで出来るといいけど。

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