Friday, December 11, 2015

えーと、えーと・・・やっぱり書こう(だいたい訂正した)

専門を日本研究に変えることは一応決まって、後は、詳しい計画についての話だ。一安心だ。

計り知れない恵みのおかげで、専門を変えてみようと思った瞬間から、今まで、何人かの親友、そして、人生の先輩に、色々励ましてもらって、いつも応援してもらった。それと共に、日本研究をなさっている三人の教授に会って、色々教えていただき、思ったよりもうまくいった。

とはいえ、やっぱりかなり疲れた。四人の教授との一対一での面談の前に、もちろん色々準備しなければいけなくて、その上、心の中で、プレッシャーもストレスもよく感じちゃって、胸が時々ドキドキした。「あ、どうやったら説得力があるように、自分が研究したいことをちゃんと表せるか?」とか、「もし変えさせてもらえなかったら、中国近代史について研究するままで、私はまだ情熱を持てるか?」など。

疲れには、色々な種類があるような気がする。

たとえ家を引っ越して、重い荷物をたくさん運ばなければならなくても、一日や、三日間に寝たら、元気になるはずだ。これは、体の疲れだからだ。

だが、一つの疲れは、体が動かなくても、まだ困憊しちゃう。これは、心の疲れだと言えるだろう。何か大変なことを経験したとか、何か大きな決定をしたとか、目には見えなくても、深刻なことは、心を疲れたと感じさせる。

こういう疲れに対して、寝るのは大切だけれど、それだけではあまり足りない。人々の習慣や趣味によっては違うかもしれないが、私の場合は、書くことにしている。この二日間、少し風邪を引いちゃったと共に、結構疲れて、読むべき本もあまり読めない。我慢してみても、あまり効かないような気がする。したがって、何か書こうと思ってる。

おかしい個性からか、子供の時から、感謝をはじめ、喜びや怒りや悔いなどの自分の気持ちを話すのが信じがたいぐらい苦手だ。

小学校の三年生の頃、かあさんに、私が通っていた学校よりもっと有名でよい学校に転学試験を受けさせられた。私はばかばかしくしたのに、その有名な学校に受かってしまった。うれしいことのはずなんだけど、新しい環境に慣れることがとっても下手な私は、転学なんてしたくなかった。他の子供ならどうするかは分からないけど、私は何も言わずに、絵に私の学校を描いて、そして、「何があっても、これが私が大好きな学校だ」って書いた。かあさんはその拙い絵を見て、とても感動して、私を元の学校で勉強し続けさせてくれた。

書くたびに、言葉で表せないほど平和で、気が楽になった。静かに、静かに、いわゆる自分のスペースで、イヤホンで音楽を聞き入れながら、過去のことも、ごく最近のことも振り返って、成長してきた軌跡を眺めたり、これから頑張るべきことを下見したり、自分の人生に流れてる旋律を作って聞いたりする。普通の日常生活にしろ、一日一日、一人一人との少し不思議な出会い、小確幸的な経験を編み合わせれば、詩意があふれる人生を編めるのではあるまいか。

特にこの一年半間に、たまたま日本語で書くのが気に入っていた。自分の母語の広東語よりも日本語の方をよく書いている。その越境したことは自分の人生にどんな影響を及ぼすかはまだ分からない。だが、ただ書くことから得られる満足と楽しみは十分あるんだ。

知らず知らず、心の疲れも負担感も治ってきた。

私の書く力は、この下ないぐらいきわめて悪いというわけではあんまりないかもしれないけれど、上手だとは決して言えない。幸せなことに、得意かどうかを問わず、書きたいことを書ける限り満足な気持ちが、泉のように湧いてくる。とにもかくにも、人生とは両足が、経験で作られた墨に漬かって、白い紙の上に歩みながら、書かれるジャーナルなんじゃないだろう。


クリス ラウ
2015年12月11日に書いて、だいたい訂正した

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