Tuesday, December 22, 2015

もぬけの殻先生への思い

ボーっとするもぬけの殻先生、

どうもありがとう。これしか言えない。というか、どう言ったらありがたい気持ちをちゃんと伝えるかは見当がつかない。自分が心の中で抱いている信念を話させてもらって、深い考え方や(変で)面白い人生の経験をきかせてもらったおかげで、信念と価値観の通りに歩む勇気も出てきた。最後にあまりよくない結局になっても、一番大切なのは将来振り返ると後悔しないようにすることだ。自分に合う道を探すことは代価があり得ても、人生は短いので、興味や情熱を込めたことをした方がいいんじゃないだろう。ともかく、ありがとう。

今日の会話で、本当に中学校の一番好きな先生を思い出した。全く違うスタイルと個性だけれど、共通点は教育に強い情熱を注いだことと、学生への関心と理解だ。私は人たちに迷惑をかけることが嫌だから(そう言っても、やっぱりいつもかけてしまう)、できるだけ、自分の悩みや煩いなどを勝手に聞かせないことにしている。これは、周りの人たちを信頼できないというわけでは決してなくて、身の上話や考え方を聞かせてもらうのが大好きだけれど、相手と関係ないことを聞かせることに、「あ、悪いなあ」って感じるからだ。そう言えば、先生は私にこんな話をさせることができて、さすがすごい変な人だ。

今までもう何十回とも先生と話したけど、本当は先生が担任する授業を取ったことがなくて、先生が初めから作ったカリキュラムやクラスを経験したことがないと気づいた。だから、先生の日本語の教え方があまり分からないような気がする。だけど、きっときっときっと(X 10)いい先生に違いないと信じてる。まず、担任の先生じゃないけど、私に色々聞かせてくれたり、話させてくれたりしたからだ。こういうことは私にとって、いうまでもなく良い先生の定義の大切な一つだが、普通の視点から見ると、これは確かにいい先生の普通の定義じゃないだろう。普通の定義以上学生に何かしてくれるから、いい先生にしか言えない。次に、学生に教えたいことは、知識ばかりでなく、人生についてのことも伝えたいということだ。これも、多分アメリカでの先生の責任では決してないけれど、また普通の定義以上してくれることなんじゃないだろう。

ちなみに、オフィスアワーにの変な話も思えなかったことだ。私は中学校での個人的な経験や、何人かの恩師と今までも持っているつながりを通して、「先生と人生などの知識以外のことについて話すのや、一緒に祈るのは、ありがたく思っているけど、そんなに珍しくないかな」って思っちゃったけど、もぬけの殻先生は、それが本当に珍しいことだと教えてくれた。私は、それを聞いたところ、「え、そっか?」ってちょっとびっくりしたけど、もっとびっくりしたのは、後でその話を思い出したときだ。「へぇ、そういえば、初めて先生にどうして先生になりたいとか、先生になってから今まで一番大きな変化は何を思うのとか、一緒に祈ってもいいかなどの個人的な質問をした時、おそらくおかしい学生だな、この学生は一体どうしてこんな変な質問をしちゃったのって思われちゃったかもしれない!」って急に閃いた!変な人におかしい学生だと思われたら、恥ずかしいかな。 

それに、先生は信じられないぐらい頑張っていて、きわめてすごいと思う。朝四時にオフィスに戻ることなんて、私だったら、日本研究がいかに好きでも、できないと思う。その上、こんなに努力したけど、用意した教材は一年しか使われなかったことに対しても後悔しなくて、これは素晴らしいと言わずして何といえばいいのか。一部の人にとっては、この教職がテニュアトラックじゃないし、そして、本人が昇進したくないけど、これぐらい頑張って(あるいは、頑張りすぎて?)、本当におバカで、やりがいが全然ないかもしれない。だが、私にとって、ばかばかしくしても、いいんじゃん?この世界は、非常に見事でアカデミー以外にだれも分からない研究をする大学人が要れば、おバカも要ると思うよ。昇進などの実際的な利益がないとちゃんと分かっているにしろ、ただ信念や情熱や自分を挑戦することなどの目に見えないことのために、一生懸命頑張ってきた。このようなおバカは、もしかして周りの人に夢を追う勇気を与えるばかりでなく、思えないところまでこの上なくすごい影響も及ぼしたり、人々にそれぞれの当初の心づもりも思い出させてくれたりすることなど、色々な思え得ないことができるとずっと信じてる。そして、先生が優しすぎるせいで、私はいつもタメ口を使ってしまうけれど、ともかく本当は尊敬している。

最近、仲が良い友達と話しているとき、友達は“Chris, you are so kind. You deserve to be a famous professor.” って言ってくれた。大切にしている友達から、こういう褒め言葉を言ってもらって、とてもうれしくて心から感謝してたけれど、実のところ、これは私の人生の目標じゃない。もし、学生なんて自分の達成と関係ない人間やことに関心を持つのがばかばかしいと社会や大学に思われたら、私はいわゆる出世できた教授よりも、むしろアホになりたい。私のかみ、つまり、イエスは愛してる私たちを救って、私たちとの繋がりを築き直すために、天からこの世に来て、十字架で命を捨ててくれたから、私はそれぐらい偉いことができないけれど、せめて、この世に生きている時間をはじめ、少しの才能や自分のうれしくても辛くても過ごした経験などのもらった恵みを生かして、周りの人に少しでも支えて、何かしてあげてみるべきだとだんだん実感してきた。

今日もぬけの殻先生を見て、その信念がまるで認められたような気がする。

ところで、ニューヨークで日本のスナックをいっぱい買ったから、また興味があったら、いつでも教えてください。

ラウ
2015年12月22日

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